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ジャポニカ学習帳

昨晩みた夢、好きな楽曲のメモ

現実になった夢

飼い猫が私に助けを求める夢を2週間ほど前に見ました。そして、今日の昼に死んでしまいました。ずっと腎臓が悪くて、それはもうどうしようもない、と言われていました。もともと生まれたときから「ガゼ子」というのでしょうか?体も大きくならなかったし病気もよくしていました。近親相姦で生まれたせいなのか、いわゆる健康優良児ではなかったと思われます。

前日には、もう満足に身体も動かせず、声も枯れて倒れているのをみつけてすぐに病院に行きました。前々日は自分で水も飲んでいたのに、と涙があふれました。餌は食べないのにイカや鳥の匂いにはギャーギャー喚いていたのに、その気力すらも無くなっていくのが堪らなかった。体長が悪く粗相を繰り返していて、それを叱ったのは本当に悪いことをしたと思います。最後のトイレはヨロヨロ自分で行っていました。結果的に、弱るのを見ているしかなかったのですが、もっと早い段階でなんとかしていたらもう少し長く生きたのかなぁと思ったりします。微妙な変化に、私は気づいていたと思うんです。

我が家は放し飼いを推奨している時期がありましたが、元気で地域のボスになるような猫達ですらもあっけなく車に轢かれて死んでしまったことから次の猫から当然屋内のみになりました。しかし、この猫は本当に用心深いというか臆病で、7年間も外の脅威の中で生き残ってきた強い猫なのです。外の世界は、車は当然として天敵やライバルや喧嘩・人から味の濃い餌を貰ってしまうなどの病気のリスクなど、様々な危険があるでしょう。しかし、同時に、昆虫や鳥や花や草木や友達など、ありのままの自由も存在したと思っています。飼い主として飼い猫を危険に晒すことは自分でもどうかと思うのですが、外に出たがるのはきっと楽しいことがあったからだと思います。あの子は楽しかったかなぁ。あの世にいって聞いてみないとわからないよね。

もともと臆病だったし、小さい頃にいじめたせいで久しぶりに帰ったときにも威嚇をされていました。今にして思えばどうやって打ち解けていったのかまったく覚えていないのですが。べったり甘えて、私もべったり可愛がって、なんてことになっていました。尻尾で私と遊んでくれたり、なんとなく言葉がわかっている節はありました。一番そうとしか思えない!と思ったのは首元にコブ(膿)ができて獣医に行った時に「とりますか?注射で抜きますか?」っていったときに「切って取っちゃってくださいw」というと『ギャアアアア!(やだああ!)』と泣き叫んで訴えてきたことです。信頼が生まれたのは私が結果的に救ったこの辺かもしれませんね。そんなこんなで、色々あってチビ猫を貰ってきてそっちばっかり構ってしまって、可哀想なこともしてしまい遠慮させてしまうようになりましたが。

「もうおまえ、早く死んじゃえよw」なんて言ってたらひと月もしないうちに本当にそうなっちゃったね。ごめんな。

ギーちゃん、チム、チムチュルゲ、マロ、マロチャベス、マロッチ、ゴラム、ミーアキャット

マロンちゃん、またね